ゆっくりやります。 | 宮本浩樹のブログ ― アーカイブ ―

ゆっくりやります。

>>人間は積極的な忘却の能力によって生物学的な記憶を抑圧して人間となったのであるから、今度は共同の別の記憶を身に付けなくてはならないのだ。・・・それは、種々の記号を身体にじかに刻んで組織化することであり、まさしく残酷の体系である。
ニーチェ<<

「生物学的な記憶を抑圧して」とは?
人類以外の他の種のような「本能」によって「自然」とべったりと一体化した状態ではなく。いつも、どこか不自然で、どこかぎこちなく、なんだか場違いなようで、今、ここに存在する事自体を言い訳せずにいられないような、そういうあり方しかできないような…。

「共同の別の記憶」とは?
僕達が、これまで、学校で、社会で、押しつけられてきた、あの、「常識」「タブー」
「道徳」「法律」・・・その他諸々。忘れようとしても忘れさせてもらえない、あの
「記憶」のことでしょう。

「まさしく残酷の体系である。」
まさしく残酷の体系として、今現在、立ち現れているんじゃないでしょうか?